高校受験④

 自習室という楽園もみつけ、バスケ部に精をだしていた私は、だんだんと成績をおとしはじめていました。


学校の授業、テストではなんとかなっていましたが、やはり高校受験になると社会や理科の勉強量もぐっと増えてきます。勉強時間がすべてとなってきますので、成績は悪くなる一方でした。


そこで私の母の怒りが爆発。


ついに禁断の手を使ってきました。
バスケ部をやめさせるという手を。


当然私は猛反発しました。このころには私も力をつけてきていたので、母のつねる、たたくような暴力にはさらに暴力で対抗していました。
つまり殴り合いの喧嘩。
しかし結局権力があるのは母の方であり、バスケ部の練習にいくことは禁止されました。


我が家は常になんでも禁止の家でしたが
前もいったようにチョコレートなどの甘いものも禁止、ゲーム禁止、漫画禁止は当たり前でした。テレビも禁止になり、我が家には特に娯楽といった娯楽がなく、唯一の楽しみが読書でした。
さらに私の楽しみであるバスケも禁止になったとあれば、もはや何を楽しみにいけばいいのかわかりませんでした。


そういう時に便利なのが「嘘」


バスケの練習にいかずに塾にいって自習してた。


今日の小テストは一番だった。


てゆうかむしろ今週はテストなかった。


土日は塾の授業といってバスケ


図書室に自習にいくといって友人と遊ぶ


などなど。このころには母に言うことの90%くらい嘘でした。
正直にいったって認めてくれるわけがないですから。


ただやっぱり中学生がつく嘘だし、たまにはばれます。
ばれるときはごまかすためにさらに嘘。
親は私への信頼をなくし、さらにきつく監視する。
どこにいくにも証明が必要になってくる。
そこをかいくぐるためにさらに嘘をつく
の無限ループで我々親子の信頼性はゼロでした。


母になにをいっても認めてもらえない、許してもらえないという思いは子供が嘘をつき始めるきっかけになります。
もちろん嘘ってばれますし、さらに信頼をなくすため、どんどん行動が制限されてしまいます。抵抗するためにさらに嘘をつく。
親が禁止するということをすべて守る子供なんていません。
子供と親の信頼関係をつくりたいのなら、初めから子供のやりたいことを禁止しないに限ります。もし禁止するのであれば、追求しないこと。
嘘が露見したって、いいことありません。母は怒り、子供は泣く。さらにばれないように嘘をつく。


こうやって信頼がなくなるとどうなるか。
私は自分のプライベートの話をほとんどしなくなります。話してぼろがでてしまいますので。確実に母がOKするとわかるまで話しません。
この嘘のループは母が私を縛り続ける限りずっと続きます。


高校受験③

 いよいよ高校受験のための塾に中学一年生からいれられてしまった私ですが、ライバルといえるライバルが出現しました。


それまで日能研では同性の中ではほぼトップであり、争うことはあまりありませんでした。


高校受験の塾に入るとそこには同性のトップがすでに君臨しておりました。それも同じ中学校でした。
といっても私は別にバスケ部のほうに夢中であったし、トップになることにまったく興味がなかったので主に親が意識をしていました。


高校受験の塾はかなり予習に力をいれている塾でした。
週末の授業までに、各教科数ページずつの予習が出て、中身はかなりの量でした。
授業では主に答え合わせをしながら解説するという形になっていました。


かなりの量の予習をこなすため、平日毎日すすめていかないと間に合わないくらいでした。
高校受験の塾のいい点もありました。それは自習室があるということ。これは私にとってかなり幸せでした。なぜなら、自習室にいくと言えば、親の前で勉強しなくてすむということ。
ずーっと家に帰ったら親の目の前で勉強しているふりを続けなければならないので、塾の自習室にいれば、なにをしても自由だったのです。
親の目の前ではさらさら勉強する気のない私は、自習室では漫画を読み、おしゃべりをし、買い食いをし、青春を謳歌してました。
だがそんなことをしていれば、予習が間に合わなくなります。そこで登場するのが、解答をうつす という技。
子供たちはみな一回は通る道である解答をうつすという技をここで繰り広げていました。
予習もなにもあったもんではありません。


ちなみに子供に問題集を与えて、そこに解答がついていればほぼ間違いなく写します。
最初はまじめに解いていても馬鹿らしくなります。解答をぬいて渡しましょう。


そんなこんなで初めての自習室という幸せな時間をつかんだ私ですが、あたりまえですが、成績はトップどころかトップクラスの中堅でとどまっていました。
トップには常に親が意識しているライバルが君臨し続けていました。


ちなみに、塾の自習室というのは大体みんな遊んでいます。大学受験の自習室となると、一人塾の先生が見張りについていて、ピリピリとした雰囲気が漂っていますが、高校受験レベルの塾であれば、見張りもおらず、わいわいがやがや漫画を読んでいたりと自習する雰囲気はあまりありません。
県立図書館とかの自習室のほうがよっぽどぴりぴりして、勉強しなきゃいけない雰囲気があります。


高校受験②

小学生の頃大量に習い事をしていました。が中学一年生になるとほとんど習い事はやめてしまいました。というか塾と部活で忙しく続けることができなくなりました。


公文はものごごろついた頃…だいたい三歳くらいからしていたと思います。小学校四年生まで通っていました。
公文では主に、数学、英語をしてましたが、私は公文は受験に非常に役にたった気がします。
まず計算力。文章台をとくことはなく、ひたすら計算を行うし、自分の実力で何年も先のことをするので、小学生で、中学生レベルの計算をしたりします。
そろばんをならっている生徒と同レベルのスピードで計算ができるようになりました。
公文の先生は、自分で立候補したり応募したりしてなれるので、教室によって全然やり方が違ったりします。やはり有名な公文の先生のところに通ったほうが、英検受験をすすめてくれたり、積極的にいろいろ教えてもらえます。


習字、硬筆…これも地味に長く、小学生の間はずっと通っていました。
受験に役に立つかといわれたら立ちません。ただ人生の役にはたつ気がします。あと字がきれいなほうが女の人はモテる気がします。勝手な思いですが。
硬筆はやっててよかったなとは思いますが、習字はいらなかったです。


水泳:三歳くらいから小学校低学年までやっていました。学校代表で大会にでるレベルまでやりこみましたが、受験にはいっさい役に立ちません。
これもまあ人生の役にはたちます。服をきても泳げる自身はあります。
そんくらいです。たまにネットで勉強ができる人は水泳をならっていることが多いとかみることがありますが、私の経験上嘘くさいです。だいたい私の年代は水泳をならっていることが多いし、その人たちが頭がよかった記憶はありません。


英語:中学生なかばまで英語教室に通っていました。
一つのところではなく、いろんなところを転々としましたが、あまり役にたった実感はありません。受験英語と、日常英会話の英語力は全然別なので。
受験でいい点数をとりたければ、日常英会話ばっかりやっていても点数がとれません。
東大や京大では論文レベルの英語読解力が求められますが、英語教室でそこまでやるところはありません。塾のほうがしっかりやります。ただリスニングで、アメリカ英語であったり、イギリス英語であったり、微妙な特徴の差がありますので、そういうリスニング力を身に付けることはできるとは思いますが、大した得点力にはならない気がします。


ピアノ:三歳くらいから中学生までやっていました。塾の次くらいにお金と時間がつぎ込まれている気がします。本格的な音楽教室に通っていたので、音大を目指す人もいました。受験にはまったく役に立ちません。時間の無駄です。
むしろピアノは練習しなければうまくならないので、勉強の時間がとられてしまいますので、邪魔です。ピアノが好きで、息抜きになるというのであれば別ですが。
ただ人生には非常に役に立ちます。おもに青春時代に。まず音楽のテストで有利。合唱で伴奏ができる特別感。やや目立てます。社会人になってからは使うことはないです。というか半年ひかないと、ピアノが弾けるなんていうのがおこがましくなるレベルまで逆戻りしますので、もう私はピアノできるとか言えません。