中学受験⑥

 いよいよ日能研も五年生になると本格的に受験を意識した授業、テストがはいってきます。
でもバスケでもだんだん試合にでれるようになった私は、合宿やら遠征やらでバスケの方も忙しくなってきました。


 最初はバスケの試合があるときはバスケのほうを優先していましたが、だんだん母の方針は変わってきて、塾のテスト、塾の授業を優先させるようになってきました。


この頃から私は塾に対して不満をもっていました。別に対していきたい中学はないし、大好きなバスケを犠牲にしてまで、塾に行きたくなかったです。


 しかしやはり権力をもっているのは母であり、塾がない日にしかバスケに行くことができなくなりました。


この頃になると週2日くらい授業、週末はテストという日程になってくるため習い事もなかなかできなくなり、このあたりで、公文や習字硬筆、水泳、英語教室といった習い事はあらかたやめました。というかやめさせられました。


別にそこまで強い思い入れはなかったので、いかなくてよくなったラッキーくらいでしたが、バスケをやめさせらることだけは嫌だったので、バスケだけはいかせてくれるようお願いしていました。


また、友達の家に遊びに行くことも禁止(まあ時間的にいくのは厳しかったですが)
家での空いた時間はひたすら勉強かピアノの練習
という風にあからさまに勉強しなさい!な雰囲気に変わってきました。


ここで勃発するのがテレビ戦争。我が家では、ゲーム、漫画はもちろん禁止であったので、テレビのみが唯一の娯楽でした。
受験家庭ではおおかたテレビ見る見ないで争うと思います。
我が家では小学校三年生くらいまでは普通に自由にテレビを見ることができました。
(スラムダンクやセーラームーンを夜に見ていた気がします)
小学校四年生くらいになると、夜ごはんを食べている時間だけOK
五年生になると基本テレビ禁止。勉強のみ。
なので当然母がいない時間にテレビをみるしかありません。


母は仕事をしていたので、基本6時に帰宅。それまでに塾の宿題、学校の宿題、チャレンジなどを終わらせていなければなりません。


まあ学校の宿題なんてあってないようなものだし、チャレンジや塾の宿題は答えを写せば一瞬です (←親がいついつまでに絶対これを終わらせなさい!と命令すると大体やるのが答えを写すこと。答えを隠したって無駄です。探し出します。)


一瞬でやることを終わらせたら、ページを開きっぱなしにして (←これは親が帰ってきた瞬間に勉強していました体勢をとるため)


弟と私は交代で一人は見張り(我が家は二階から駐車場がみえました。)に、一人はテレビをつけます。


六時までぎりぎりテレビをみて、駐車場に車がみえた瞬間、消して勉強体制に入ります。
あたかも勉強してました風に。


そうするとだんだん親も あ、こいつらテレビみてたなってわかってきます。
なぜならテレビがあったかいから。(昔のテレビは分厚くて、天井を触ると熱をもってました)


そうなると我々も対策します。アイスノンで、そこを冷やしながらみます。


次に親はテレビを消した直後の、画面の静電気で見ていたことをしります。


そうなると我々は、アイスノンで冷やしながら、消した直後に画面をふき取るようになります。


攻防が激しくなると、電源コードが抜かれます。


見つけてさします。


テレビの前に紙が貼られます。


はがしてみます。


ずーっとこの攻防が繰り広げられ、我が家のテレビは最終的に段ボールの中に納められます。
弟が大学に入学するまで、我が家のテレビと対面することはありませんでした。